時を合わせる幸い   2026年1月18日

主にあるみなさん。

 インフルエンザなどが流行っていますが、お元気でしょうか。

 昨年5月から私は体調を悪くしていましたが、段々と食が通るようになりました。そんなとき愛知県三河地区の教会が合同でいろいろなことをし、活発なときにご一緒にこどものキャンプなどをしていたHさんが急に天に帰られたという電話をいただき、驚いています。お父さんの後任に園長になられ、幼稚園が激変する時、親子共に教会の幼稚園として道を拓いていました。昨年の北海道の研修でお会いし、お母さんとご一緒に私たち夫妻とお茶をしたばかりだったのに・・・・。人生の時を重ねることが出来た幸いを感謝しています。

 すべてに時あり、生まれるに時あり、死ぬるに時あり、神のなさることは分からないとコヘレトは言っています。本当にそうだと感じています。しかし、時宜に適って麗しいとありと言っています。人には分からず、受け入れられないことも神の目は違うということを信じています。それでもなお、神のなさることは業を始めから終わりまで見極めることは許されていない。神に委ねるしかありません。ご遺族の上に神さまからの慰めを祈ります。

 家内は家族を代表して今日から豊田市に前夜式、告別式に出かけます。

 コヘレトを教えてくださったファースト教授の写真がK牧師から送られてきました。私がよくコヘレトを引用するので心にかけてくださって感謝しています。いつもこのような気配りに心から感謝しています。K牧師は私の旧約学の先生でした。いつもこのように70歳を越えた自分の教え子に心を合わせてくださる先生に感謝しています。さっそく、写真を書斎の机に置きました。

今週は本当に多くの方と出合い、支えられ時を合わせてきたということを思い返している日々でした。

みなさんの上に神さまの顧みが豊かにある日々となりますように。

                  竹田孝一

風のように1月18日通信
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