本を読む  2026年2月22日

主にあるみなさん

 今週は春を思わせる暖かい日々がありました。一方、福岡では、まとまった雨が降らずダム湖の水が減ってきています。相変わらずインフルエンザなどの感染病が流行っています。みなさん、お元気でしょうか。私は、今、皮つき落花生を食べるのに凝っています。太るのではないかと気になるほどの体調の回復をしています。

 今週は日善幼稚園の「施設評価委員会」が開かれ、在園生のアンケート、幼稚園側の2025年度の報告、園見学をしていただき内部(保護者)、外部(有識者)の委員から評価をいただき、ご指導をいただきました。昨年よりもよりよく改善されていることの評価をいただきました。なによりも嬉しかったのは、「園児が活発になり、楽しく活動し、明るくなっている」という評価でした。

翌日には経営コンサルタントの方から第1回幼稚園に関する報告をいただき、方向性をいただき、さらに協議し、次年度の運営を具体的に進めていくことになりました。厳しい状況が続きますが、イエスさまの子どもらと共に歩む園がさらに楽しい園、幼稚園(Kindergarten=子供の庭)となるように祈り、楽しい子どもの集うところにしたいと改めて思いました。

今週も忙しくやたらに動いていました。軽い本ですが、よく本を読むことが出来ました。

柳家花緑さんは、発達障害を抱えています。「僕が手にいれた発達障害という止まり木」と言う本を出しています。手に入れて一気に読みました。2月21日(土)に久留米にきます。チケットを手に入れられたので落語を聞きに行きます。

斎藤孝さんの「信じる力」、上智キリスト教文化研究所の「信仰と行為」について読んでいます。後者に江口再起先生がルターについて書いています。神の恵みによって善き行為というルターの「信仰と行為」に書いています。今回も、恵みを「恩寵」と先生は言っています。「恩寵義認」。

養老孟司編「老い方、死に方」に読んでいて、南直哉僧侶との対話は面白く、読みました。南僧侶がキリスト教徒の出会いで、「僕が宗教家として尊敬しているのは、あの人だけかもしれません」と牧師さんとの出会いを話しています。また、「死を分からないものとして引き受ける、丸のみする、という心構えを身に着ける」といっています。昨年大病をし、今もいつ病がもたげてくる分からないところで、死を考えていますが、南僧侶のいう通りだと思っています。

今週は、軽い本ですが自分を一歩踏み出させてくれました。感謝。忙しいから読書ですね。

水曜日、灰の水曜日の礼拝をし、イエスさまの十字架を偲ぶ40日が続きます。神の愛と死(同時に「生きる」)ということに向かい合う40日であればと祈っています。

来る週も善きわざが、神のわざが働きますように。「恩寵義認」

竹田孝一

風のように2月22日通信-1
TOP