主にあるみなさん
今週も天候が目まぐるしく変わる日々です。体調はいかがでしたか。
2026年度から、責任を負ってくださるスタッフが揃ってきたので、月曜日はフリータイムにしています。
昨年は、毎日、高熱が続き、肝臓の手術をする、しないと担当医も悩む重病になりましたが、やっと今年の4月ごろか少し体調も回復し、食事も出来るようになり、体の芯が立ったという気持ちになるほどの回復をしました。この先もどうなるか分からないと思い、思い出作りをしようと動ける時は動こうとしました。
月曜日に幼稚園に出なければいけないときは一日出ていますし、朝は打ち合わせのため顔をだすことにしていますが、行く必要ないなら休み、フラッと電車に乗り、本を持って読書するか、車窓を眺めていることにしました。もちろん夫婦の時間もカウントダウンですので、家内の都合がつくときは一緒に出かけることにしたいと思っています。「いつまでもあると思うな、夫婦の時間。すべてに時がある。コヘレト」
第一段。朝、幼稚園に顔を出し、打ち合わせ。その後、居る必要がないと思い、休みました。今回は、小学生時代の通学路を歩きたいと思い、故郷の門司港に出かけました。門司港駅の近くの桟橋で、釣り人が鯛とアジを釣っていたのを見て、釣り人に声をかけ楽しい会話をしました。海峡の向こうの「海峡水族館(下関)」には松崎保育園の子どもたちが遠足に来ているのを知っていたので、水族館を見ながら何をしているかと思いをはせました。その後、小学校へ向かいました。ユウカリの大木と5,6年生の時の校舎、渡り廊下が残っていました。今は全校生が、凄く少なくなった(67名と聞きました?)と聞きました。兄、姉の通っていたお寺の幼稚園、小学校の辺りを歩んでいると街の人に会い、立ち話が出来ました。「子どもの声が聞こえなくなった」と話されていました。そのお寺の幼稚園も10年前には閉園したそうです。我が家のあった場所、借りていた畑は後形もなく、空き地でした。街を歩くと廃屋、空き家も多くありました。少子化、高齢化の波に街は飲まれています。通学路の途中の遊び場で、校歌で「聖山(ひじりやま)あおぎてみれば・・・・」と歌われた聖山は竹林となり、頂上の公園は草で覆われ、見るべき姿もありませんでした。
久留米から各駅停車で片道、2時間半、その上、帰りは80分も遅れました。「コヘレト」、「とことんあそんででっかく育て 柴田愛子流『りんごの木』の保育」の本、二冊読むことが出来ました。読んでは車窓を眺め、読んでは寝てという電車の中でした。こういう時の流れに身をまかせるのは良いですね。当然、地ビールも電車の中で。第一段終了。
「すべてに時がある。コヘレト」。神さまから与えられた時を楽しみました。
来る週、ゴールデンウイークも主と共に良き時をお過ごしください。
竹田孝一
風のように5月3日通信